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熊野古道

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滝尻王子跡<たきじりおうじあと>

九十九王子の五大社のうちの一つです。

(説明板より)
この王子社は、岩田川(富田川)と石船川が合流する地点にあり、ここから本宮 まで厳しい山道となります。天仁二年(1109)に熊野参詣をした藤原宗忠は、十月 二十三日に水を浴びて禊をした後に、この王子社に参詣していますが、日記に「初 めて御山に入る」と書いているように、滝尻からが熊野の霊域とされていたのです。
承安四年(1174)に藤原経房がこの王子に参拝したときには、社殿で巫女が 里神楽を舞い、建保五年(1217)の後鳥羽上皇と修明門院の参詣の時には、 両院が馴子(なれこ)舞いに興じているように、いろいろな芸能が奉納されました。
特に著名なのは、後鳥羽上皇が歌人を随行させたときには、この王子社の宿所で 歌会を開いたことです。建仁元年(1201)に藤原定家が随行した際に、めいめいが 和歌を書いた「熊野懐紙」は一枚も残っていませんが、前年の正治二年(1200)のものは十一名の分が伝来しており、そのすべてが熊野古道館に複製展示してあります。鎌倉末期以降、熊野の御子神五所を祀る五躰王子の一つとされ、室町時代にもそのように呼ばれていますが、三栖(田辺市)から潮見峠で栗栖川へ通じる道が多く 利用されるようになると衰退しました。明治時代には村内の神社を合祀して十郷(とごう)神社と呼ばれましたが、現在は滝尻王子宮十郷神社と称しています。
近くに熊野古道館があります。

乳岩と胎内くぐり

滝尻王子から熊野古道の階段をのぼり、坂道を行くと、巨石が重なり合ってトンネルの様になっています。
昔、里の妊婦がここをくぐると安産出来ると言われていました。そこから「胎内くぐり」と言われる様になったそうです。
昔、藤原秀衡が子宝に恵まれる様に熊野に願掛けをしにきました。
願いが叶って夫人が懐妊し、そのお礼参りに来たのですが、この乳岩の辺りに来て急に産気づき、男の子を出産しました。赤子を連れて参詣を続ける訳にはいかないので、その子をこの空洞に置いて参詣を続けました。参詣を終えてここに戻ってくると、熊野のご加護があったのか、残された赤子は狼の乳を飲んで、育っていました。そのことからこの岩を乳岩と名づけたそうです。

  不寝王子跡(ねづおうじあと)

滝尻王子から15分程歩くと、この王子跡があります。
ここまでの坂道がとても急勾配な為に上皇たちが設けた休憩所だという説もありますが、実際の所はまだよく分かりません。

(説明板より)
中世の記録には、この王子の名は登場しません。王子の名が載せ られているのは、江戸時代、元禄年間頃に著された『紀南郷導記』です。
これには、ネジあるいはネズ王子と呼ばれる小社の後があると記され、 「不寝」の文字があてられています。 この頃すでに跡地となっていたようで、またネズの語源も明らかではあ りません。江戸時代後期の『紀伊続風土記』では、「不寝王子廃趾」と なっており、今は滝尻王子社に合祀されていると記されています。

大門王子跡

高原から登り二キロ程度で、この大門王子跡に着きます。

(説明板より)
この王子は、中世の記録には登場しません。王子の名の由来は、この付近 に熊野本宮の大鳥居があったことによるものと考えられます。鳥居の付近に 王子社が祀られ、それにちなんで大門王子と呼ばれたのでしょう。天仁二年 (1109)に熊野に参詣した藤原宗忠は、この付近の水飲の仮屋に宿泊して おり、建仁元年(1201)に参詣した藤原定家も、この付近の山中で宿泊して います。江戸時代になって、享保七年(1772)の「熊野道中記」に、「社なし」 としていこの王子の名が見え、紀州藩は享保八年(1723)に緑泥片岩の石 碑を建てました。この王子碑と並んで、鎌倉時代後期のものとされる石造の笠 塔婆の塔身が立っています。以前には松の大木がありましたが枯れてしまい、その後朱塗の社殿が建てられて、この王子跡付近の様相は一変しました。

  十丈王子跡

(説明板より)
この王子社は十丈峠にあり、現在は十丈王子と呼ばれています。しかし、平安・鎌倉時代の日記には、地名は「重點(じゅうてん)」、 王子社名は「重點王子」と書かれています。天仁二年(1109)十月 二十四日、藤原宗忠は熊野参詣の途中、雨中に重點を通っています。
重點王子の名は、建仁元年(1201)十月十四日、後鳥羽上皇の 参詣に随行した藤原定家の日記に初見しています。 また、承元四年(1210)に、後鳥羽上皇の後宮・修明門院の参に 随行した藤原頼資も、四月三十日に「重點原」で昼食をとり、この 王子に参詣しています。江戸時代以降、十丈峠、十丈王子と書か れるようになった理由ははっきりしません。かつてこの峠には、茶店 などを営む数軒の民家があり、明治時代には王子神社として 祀っていましたが、その後、下川春神社(現、大塔村下川下春日神社)に合祀され、社殿は取り払われました。
  小判地蔵

十丈王子跡から少し登ると、小さな石仏が一基あります。
江戸時代、九州からの参詣者が熊野詣の途中で病か空腹かから倒れてしまいましたが、大切な小判を人手に渡したくない一身からか、小判を口にくわえたまま亡くなっていました。その姿を哀れんで村人たちは厚く葬ったそうです。
そしてそのお金でこの地蔵さんを建てた、と言われています。
 

三体月

(説明板より)
今は昔、熊野三山を巡って野中近露の里に姿を見せた一人の修験者が、
里人に『わしは十一月二十三日の月の出たとき、高尾山の頂きで神変不可 思議の法力を得た。村の衆も毎年その日時に高尾山に登って月の出を拝む がよい。月は三体現れる。』
半信半疑で村の庄屋を中心に若衆連が、陰暦十一月二十三日の夜高尾
山に登って、月の出を待ちました。  やがて、時刻は到来、東伊勢路の方から一体の月が顔をのぞかせ、アッと いうまにその左右に二体の月が出ました。
三体月の伝説は上多和、悪四郎山槇山にもあります。
この伝説にちなんで、中辺路では例年観月会が上多和茶屋跡近くで開かれています。 雑炊などが振舞われ、午前0時頃には修験者がほら貝を吹き、参加者とともに 心経を唱え、月の出を待ちます。

大阪本王子跡

上多和から下ると一旦広い掘割に出る。すぐ側の広い台地が茶屋跡で、この茶屋の建物は昭和二十四、五年まで人が住んでいました。
道は急で蛇行しながら谷川に下ります。谷辺に大坂本王子社跡があります。

(説明板より)
大坂(逢坂峠)の麓にあるところから、この王子社名が付いたようです。 天仁二年(1109)十月に熊野参詣をした藤原宗忠は、この坂を「大坂」 とし、「坂中に蛇型の懸かった大樹がある。昔、女人が化成したと伝えら れる」と、日記に書いています。建仁元年(1201)に後鳥羽上皇の参詣に随行した藤原定家は、十月十四日にこの王子に参拝しています。また、承元四年(1210)に、後鳥羽上皇の後宮・修明門院の参詣に随行した藤原頼資も、四月三十日にこの王子に参拝しています。江戸時代には「大坂王子」「相坂王子」とも記され、寛政十年(1798)ごろには小社がありました。現在、跡地にある石造の笠塔婆は鎌倉時代後期のもので、滝尻王子(もとは剣ノ山の上)や大門王子などにも同様のものがあります。

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